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5-8 明日香の将来設計 2

last update Last Updated: 2025-03-28 09:49:17

「あら、朱莉さん。もう上がって来たの? 随分早かったけどお風呂場掃除はしてくれたのかしら?」

奥のリビングから明日香の声が聞こえてきた。

「はい、明日香さん。御風呂場掃除してきました」

朱莉がリビングを覗くと明日香は巨大シアターで何やら洋画を観ている最中だった。そして明日香は眠くなったのか欠伸をしながら言った。

「朱莉さん。悪いけどベッドルームには貴女を入れる訳にはいかないのよ。何せあの場所は私と翔の特別な場所なんだから。リビングのソファはソファベッドにすることが出来るから、貴女はそこで寝て頂戴。布団なら用意してあるから」

いちいち嫌みな言い方をして明日香は朱莉の反応を楽しんでいるような素振りを見せるが、朱莉は心を無にして耐えた。

「有難うございます。それでは私はリビングで休ませていただきますね」

朱莉は明日香から布団を借りるとリビングのソファをベッドに直し、電気を消して横になったがちっとも眠くは無かった。その時――

リビングの隣の部屋のベッドルームから明日香の声が漏れてきた。

「ええ……うん、大丈夫よ。……ふふ……ありがとう。愛してるわ翔」

『愛してるわ翔』

何故かその言葉だけ、朱莉の耳に大きく響いて聞こえた。朱莉はギュッと目をつぶり、唇をかみしめた。

(隣のベッドルームで明日香さんと翔先輩は愛し合って……明日香さんは翔先輩との間に赤ちゃんが……)

脳裏にモルディブで偶然明日香と翔の情事を見せつけられてしまったあの時の記憶が蘇り……朱莉は布団を被り、声を殺して泣いた――

お願い、早く夜が明けて―と祈りながら—ー

****

—―午前1時

 琢磨はホテルの部屋で1人、ウィスキーを飲んでいた。手にはスマホを握りしめている。

「くそっ!」

琢磨はベッドにスマホを投げ捨てると、グラスに注いだウィスキーを一気に煽った。本当なら今夜朱莉にバレンタインのお礼を電話で言うつもりだった。

だが、朱莉は今明日香に呼びつけられて同じ部屋にいる。そんな状況では琢磨が電話を掛ける事は出来無かった。

「全く……明日香ちゃんは何処まで朱莉さんを振り回すつもりだ……」

琢磨はイライラしながら再びグラスに氷を入れるとウィスキーを注いで飲み干すと乱暴にテーブルの上に置いた。

それにしても何故だろう。今夜は何かどうしようもないほどの胸騒ぎを琢磨は感じていた。

子供の頃から琢磨は異様なほど勘が優れていた
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     明日香が流産をしてから、早いもので半月が過ぎ、季節は3月になっていた。あの夜、琢磨に説得された翔は、朱莉に詫びのメッセージを送った。自分勝手な思い込みで心無い言葉を朱莉にぶつけてしまった非礼を詫び、明日香が朱莉に感謝していた旨を綴った。そしてこれからも契約婚の関係を続けて貰いたいと書いて朱莉にメッセージを送ったのだった。勿論朱莉からの返信は快諾の意を表す内容であったのは言うまでも無い。翔は前回の非礼の意味も兼ねて、今月からは今迄月々手当として朱莉に振込していた金額を増額させ、朱莉は毎月150万円もの金額を貰うことになったのだった——****—―日曜日 朱莉は琢磨と一緒に買い物に来ていた。「何だか申し訳ないです。翔さんにこんなに沢山お金を振り込んでいただくなんて……」琢磨と並んで歩きながら朱莉は口にするも、琢磨はにこやかに答えた。「いえ、気にしないで下さい。そのお金は明日香さんを助けてくれた副社長のお礼の意が込められているのですから」「明日香さんの……」あの日、明日香が救急車で運ばれた夜のこと。明日香の母子手帳を朱莉が必死に探し出し、救急車の中で激しい腹痛で苦しんでいる明日香の手をギュっと握りしめて励ましの言葉をかけ続けた朱莉。明日香の中で感謝の気持ちが芽生えてきたのか、朱莉に対しての態度が軟化してきたのだ。そして犬よりも小さめで静かな小動物ならあの部屋で別に飼育しても良いと明日香の許可を貰えたのである。そこで朱莉はウサギを飼うことに決めたのだが……。「あの……九条さん。折角のお休みのところ、わざわざペットショップについて来てもらわなくても、私なら一人で大丈夫ですよ?」隣りを歩く琢磨を見上げた。「いえ、いいんですよ。ペットを飼うには色々荷物も必要になりますからね。荷物持ち位させて下さい」しかし朱莉は申し訳ない気持ちで一杯だった。琢磨は翔の第一秘書と言うだけあり、日々多忙な生活を続けている。それなのに貴重な休みを自分の買い物につき合わせることに肩身が狭く感じてしまうのであった。今回、何故琢磨が朱莉の買い物に付き合う流れになったかと言うと、翔から琢磨にペット飼育に関する明日香のメッセージを朱莉に伝えて欲しいと頼まれたのだ。琢磨は朱莉に翔からの伝言を伝えたると朱莉が遠慮がちにそれならウサギを飼ってみたいと申し出てきた。そこで今

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   5-14 琢磨の贖罪 2

     億ションを足早に出ると、琢磨は翔に電話をかけた。『もしもし……』5回目のコールで翔が電話に応じた。「おい、翔。お前まだ病院にいるんだよな?」『あ、ああ。医者の話では今日は全身麻酔で子宮の中を綺麗にする処置をしたそうだから、付き添いをするように言われているんだ。お前は今何処にいるんだ? ひょっとして外にいるのか?』「ああ。そうだ。気の毒な朱莉さんの所へ行っていた所だ。翔、人のことを言えないが……お前は最低な男だよ。明日香ちゃんに対する優しさをほんの少しでも朱莉さんに分けてやろうとは思えないのか? いいか? 朱莉さんを傷付けたのはお前だけど……彼女を慰められるのも……お前しかいないんだよ!」歩きながら琢磨は吐き捨てるように言った。『琢磨。お前……』「いいか? 朱莉さんは今回の事で契約婚を打ち切られるのじゃ無いかって心配していたぞ? 彼女はまだお前との契約婚を望んでいる。もしお前が朱莉さんとの契約婚を打ち切ろうと考えているなら俺が許さない。絶対に阻止するからな!?」すると電話越しから狼狽えた声が聞こえた。『ま、まさかそんな事考えるはず無いだろう? 俺は今……すごく後悔してる。つい、頭に血が上ってあんな酷いことを朱莉さんに言ってしまうなんて……。もう何回も俺は朱莉さんを傷付けてしまった。我ながら最低な男だと思っている。だけど……明日香が絡んでくると俺は……!』「それはお前が明日香ちゃんに負い目があるからだろう? お前……本当に明日香ちゃんのことが好きなのか? 本当は罪滅ぼしの為に愛そうとしているだけなんじゃないのか?」『! ま、まさか……俺は本当に明日香の事を……』しかし、そこまでで翔は言い淀んでしまった。「まあ、別に2人のことは俺には関係ないけどな。ただ朱莉さんのことなら今後俺は口を出させて貰うぞ。俺にはお前と言う男を紹介してしまった罪があるからな」『琢磨……』受話器越しの翔からため息交じりの声が聞こえた。「何だよ? 何か言い分があるなら聞くぞ?」『いや、特に無いよ。とにかく朱莉さんにはお前から伝えておいてくれないか? 契約婚は続けさせて欲しっいって』「なら、お前からメッセージを送れ」琢磨はぶっきらぼうに言った。『だが、俺から連絡をすると……怖がられるだろう?』「お前……! ふざけるなよ! 彼女……朱莉さんはずっとお前との連

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   5-13 琢磨の贖罪 1

    「朱莉さん……少しは落ち着きましたか?」玄関で琢磨は朱莉を見下ろし、尋ねた。「は、はい……申し訳ございませんでした。つい取り乱して……あ、あんな風に泣いて……。お恥ずかしい限りです……」俯く朱莉。いい大人があんな風に子供の様に泣きじゃくる姿を琢磨に見せてしまった事が恥ずかしくて堪らなかった。「そうやっていつも1人で泣いていたんですか? 辛い時や悲しい時、いつも……たった1人で……」琢磨の何処か苦し気な声に朱莉は顔を上げた。その顔は悲しみ満ちていた。「九条さん?」すると琢磨は突然頭を下げ、ポツリポツリと語りだした。「朱莉さん。私は副社長の部下であり、そして親友でもあります。親友は……禁断の恋と、会長に見合いを強いられ、苦しんでいました。そしてついに世間を……会長の目を胡麻化す為に『契約婚』という手段を選んだんです。そして私も親友と会社の為に面接と言う手段を取り、募集し……選ばれてしまったのが朱莉さん。貴女だったんです。書類選考をしたのは、他でも無い……この私です」「……」朱莉は黙って話を聞いていた。「私も朱莉さんをこんな辛い立場に追いやった人間の1人です。いや……最初に朱莉さんを副社長に紹介したのが私だから一番質が悪い男です。だからこそ、私は貴女に罪滅ぼしがしたい」「罪滅ぼし……?」「はい、もし朱莉さんがペットを飼いたいと言うなら私が貴女の代わりに飼って育てます。そして休みの日は貴女にペットを託します。もし、風邪を引いたり、体調を崩したりした場合は時間の許す限り、貴女の元へ駆けつけます。貴女が翔と契約婚を続けるまでは……出来るだけ朱莉さんの力になります。いや……そうさせて下さい」琢磨は頭を下げた。その身体は震えている。「な、何を言ってるんですか九条さん! そんなこと九条さんにさせられるわけないじゃありませんか!九条さんは翔さんの重責な秘書ですよ? 私のことなら大丈夫です。高校を卒業してからはずっと1人で生きて来たんです。思った以上に強いんですよ? でも今回のことはちょっと……堪えてしまいましたど……」「それは副社長の事が好きだから……ですよね?」琢磨の顔は先ほどよりも悲し気に見えた。「!ど、どうして……?」そこから先は朱莉は言葉にならなかった。「朱莉さんを見ていればそれ位分かりますよ。でも……朱莉さん。悪いことは言いません。翔

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   5-12 涙で濡れる彼の抱擁 2

     真っ暗な部屋の中――朱莉は電気もつけずに部屋の隅に座り込んでいた。翔に冷たい言葉を投げつけられた後、朱莉は何処をどうやって自宅に帰って来たのか思い出せなかった。気付けば部屋の隅に座り込んでおり……部屋の中は闇に包まれていた。ぼんやりとした頭の中で朱莉は思った。今は何時なんだろう? 毎日欠かさず通っていた母の面会も今日は行く事が出来なかった。……きっと母は心配しているだろう……。朱莉の手には翔との連絡用スマホが握り締められていた。何処かで朱莉は期待していたのだ。ひょとしたら翔から連絡が入ってくるのでは無いだろうかと……。誤解してすまなかったと詫びの連絡が来るのでは無いかと心の何処かで密かに期待していたのだ。けれど何時間たっても朱莉のスマホには翔からの連絡は入って来なかった。代わりに朱莉の個人的に所有するスマホには何件も着信が入っていたが……朱莉はそのスマホを確認する気力も持てないでいた。突如、壁掛け時計が夜の9時を示す音を鳴らした。「あ……もう、こんな時間だったんだ」しかし、今の朱莉はなにもする気力が湧かなかった。そして今もこうしてかかってくるはずも無い翔からの電話を待ち望む自分がいる。朱莉の目に涙が浮かんできた。(馬鹿だ……私。あれ程翔先輩に冷たい言葉を投げつけられたのに……顔を見たくないって言われたのに……今もこうして翔先輩からの連絡を待っているなんて……)今迄我慢していた涙がとうとう堰を切って溢れ出してきた。朱莉は自分の膝に頭を埋め、声を殺して泣き続けた。本当はこんなことをしている場合では無いのに。3年間で高校を卒業する為に勉強だってしないといけないし、レポートも書かなければならない。それに明日香には英会話の勉強もするように以前言われたことがあったので、並行して朱莉は英会話の勉強も行っていた。やらなければならないことは沢山あるのに……今は何も手につかなかった。(マロン……こんな時、マロンが側にいてくれたら……)あの温かい身体を抱きしめて……自分の悲しい気持ちを、寂しい気持ちを慰めて貰うことが出来たのに……。(誰か、誰でもいいから私を助けて……。お母さん……いつになったら一緒に暮らせるの……?) その時――玄関のインターホンが何度も鳴り響く音が聞こえてきた。こんな時間に誰だろう……? 朱莉は立ち上がる気力すら無かった。それで

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   5-11 涙で濡れる彼の抱擁 1

     明日香は病室で今も眠っている。そんな明日香を翔は心配そうに見守っていた。そして先程、朱莉に投げつけた言葉を思い返していた。(少し言い過ぎてしまったか……? だが朱莉さんは明日香に色々嫌な目に遭わされてきていた。だから明日香の体調の悪さをわざと見過ごして……)その時、明日香が突然寝言を言い始めた。「いや……お母さん……置いて行かないで……。いい子になるから……私を……捨てないで……」明日香の目から涙が頬を伝って流れていく。「明日香……あの時の夢をみているのか……?」翔は明日香の手をギュッと握りしめると、不意に明日香が目を開けた。「翔…… ?ここはどこ……?」「明日香、良かった! 目が覚めたんだな!?」翔は半分泣いたような笑みを浮かべると明日香の顔を覗き込んだ。「あ……そうだったわ……。私は夜突然お腹が痛くなって……。それで……お腹の子供は……?」明日香はまだ夢の中なのか、ぼんやりした声で天井を見つめた。「ああ……。今回は……駄目だったよ……」「そう……。やっぱり……」明日香の言葉が翔は引っ掛かった。「やっぱり……? どういう事だ?」「医者に言われたのよ……。エコーで胎のうって言うのが確認できなかったから……もしかしたら子宮外妊娠かもしれないって……」「何だって? その話……今初めて聞いたぞ?」先程の医者の説明でも流産としか翔は聞かされていなかったのだ。「今の話……朱莉さんも知らなかったのか?」「ええ。だって……言いたくなかったのよ……」明日香は目を閉じた。確かにプライドの高い明日香のことだ。子供が出来たと話しても、産むことが出来ないかも知れないなど言えるはずも無いだろう。「明日香……辛かっただろう? すまなかった。具合が悪かったのに側にいてやれなくて……」翔は明日香の手を強く握りしめると明日香がふいに尋ねた。「朱莉さんは……何処?」「朱莉さんならもう帰ったぞ? 一体どうしたんだ? お前が朱莉さんの名前を口にするなんて」「そう……帰ったの。折角お礼を言おうと思っていたのに」明日香の呟きに翔は耳を疑った。「明日香……今、何て言ったんだ? 朱莉さんに……お礼だって……?」「ええ……。だって彼女は具合が悪くなってすぐに救急車を呼んでくれたのよ。それに救急車が来る間に私の母子手帳を探し出してくれたし……運ばれている最

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   5-10 心無い残酷な言葉 2

    「朱莉さん。君に話があるんだ。病院の外で話さないか?」「は、はい」朱莉は首を傾げながらも返事をした。しかし琢磨は翔の切羽詰まった様子が気になり、声をかけた。「当然、俺も話に混ぜて貰うからな?」「……好きにしろ」そして翔を先頭に、朱莉と琢磨は病室の中庭へと向かった。中庭に着き、ベンチに座ると翔は朱莉を睨み付けるような目で問い詰めてきた。「朱莉さん。昨日は明日香とずっと一緒にいたのに……何故君は明日香の異変に気付かなかったんだ?」「え……?」まるで責め立てるような言い方に朱莉の肩がビクリと跳ね、琢磨は驚いた。「翔! お前……何言ってるんだ!?」しかし琢磨の声が耳に入らないのか、朱莉を責めるのをやめない。「朱莉さん……君は明日香と同じ部屋にいたんだろう? しかも隣の部屋で寝ていれば苦しがる明日香の異変にすぐ気が付いたはずだ。……違うか?」「あ、あの……わ、私はあの時はまだ眠っていなかったんです。だから明日香さんの苦しんでいる声にすぐ気が付いて……それで……」「それを俺に信じろと言うのか? もしかして君は苦しがっている明日香を放置して、お腹の子供を流産させようと思っていたんじゃないのか? 明日香は君に子供を育てさせようとしていたからな」翔は眼に涙を浮かべながら朱莉を詰る。「! そ、そんな……!!」朱莉の口から悲痛な声が洩れる。「翔! 本気でそんな事を言ってるのか!? お前気でもおかしくなったんじゃないのか!? 大体朱莉さんにそんな真似出来るはずが無いだろう!?」琢磨は翔の胸倉を掴むと怒鳴りつけた。「うるさい! 俺と……明日香のことなんか何も……お前達2人には分からないくせに!」翔はまるで血を吐くように叫び、再び朱莉を睨みつける。「今回……明日香に命の危険は無かったが、もう二度と明日香を見捨てるような真似はしないでくれ。最低でも後5年は君と俺は契約婚という雇用関係を結んでいるんだから……。分かったか?」そしてフイと朱莉から視線を逸らせた。「悪いが今日はもう帰ってくれ。今はこれ以上君の顔を見ていたくないんだ」「!」朱莉はその言葉に身体を震わせ……俯いた。「わ……分かりました。ほ、本当に申し訳……ございません……でした……」最後の方は今にも消え入りそうな声だった。「翔! お前っていう奴は……!」「うるさい、琢磨。今日は

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